東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)166号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。
1 取消事由(1)について
(一)(1) 原告は、第一の絶縁物層を規定する本願発明の構成(2)は、第二の絶縁物層を規定する構成(4)と相まつて、第一の絶縁物層がゲート電極の上表面と側面のみをおおい、ソース、ドレイン領域の一部をおおう部分(Y部分)を有しないことを明らかにしている旨主張する。
しかしながら、構成(2)の「前記ゲート電極の上表面および側面を第一の絶縁物層がおおい、」との記載は、文字どおり、第一の絶縁物層がゲート電極の上表面及び側面をおおうことを規定しているにすぎず、それ以外に第一の絶縁物層が備えるべき構成を示すところがないことは明らかであるから、この記載によつて第一の絶縁物層がY部分を有しないことが示されていると解することはできない。
また、構成(4)の「前記第一の絶縁物層とは異なる工程で形成された第二の絶縁物層がソース、ドレイン領域の一部をおおい」という記載は、第二の絶縁物層が第一の絶縁物層とは異なる工程で形成されたものであること、第二の絶縁物層がソース、ドレイン領域の一部をおおうものであることを規定するにすぎず、この記載そのものによつて、明示的に第一の絶縁物層がY部分を有しないことが表現されていると認めることはできないことは明らかである。したがつて、本願発明の対象とするシリコンゲートMIS型トランジスタの構造として、第二の絶縁物層が右の二要件を備えれば、必然的に第一の絶縁物層がY部分を有しない構造となることが明らかでない限り、この構成(4)の記載から構成(2)を原告主張のように解することはできないといわなければならない。
(2) そこで、成立に争いのない甲第二ないし第五号証により認められる本願明細書及び図面(昭和四七年五月一三日付、昭和五四年八月六日付、昭和五六年一〇月一二日付各手続補正書による補正後のもの、以下、図面を含め「本願明細書」という。)により、右の点を検討する。
本願明細書の発明の詳細な説明の項は一八段からなつている。第一段は本願発明の対象を明らかにし、第二段においては、アルミニウムを電極とする通常のMIS型半導体集積回路を改良するものとして、多結晶シリコンをゲート電極として用いるシリコンゲートMIS型半導体集積回路が知られており、後者が集積度演算速度の点で前者より優れている主たる理由はトランジスタの寸法が小さくなることにあることを説明し、第三段において、この寸法が小さくなる理由がシリコンゲートMIS型トランジスタにおいては従来のトランジスタが写真蝕刻技術上必要としたソース、ゲート、ドレイン各電極間の間隔を除去できる点にあることを明らかにし、第四段において、しかし、現在一般のシリコンゲートMIS型トランジスタには、なお、「ソースおよびドレインの拡散層から電極を取出すためのコンタクト孔に写真蝕刻技術上の制約が残つているため」、「ソース電極とゲート電極および、ゲート電極とドレイン電極がそれぞれ重つてもよいという利点が充分に生かされていなかつた。」ことを指摘している。この「利点が充分に生かされていなかつた」ことが、ゲート電極をおおう絶縁物層がY部分を有していることを意味することは、右のことを本願明細書第2図(別紙第一図面第二図)によりさらに説明している第一一段の記載からも明らかである。
そして、第五段において、「本発明の目的はソースおよびドレインのコンタクト孔に関するこの様な制約を除き、さらに密に構成されたシリコンゲートMIS型トランジスタの構造を提供することにある。」と本願発明の目的がY部分の除去にあることを明らかにし、次いで、第六段で本願発明の技術内容を「本発明によればシリコンゲート電極が第一の絶縁物層でおゝわれ、更にこの第一の絶縁物層及びソースドレイン拡散層が第二の絶縁物層でおゝわれ、この第二の絶縁物層にソース、ドレイン引出し用のコンタクト孔がそれぞれ形成される。しかしてこのコンタクト孔はソース、ドレイン拡散層上からシリコンゲートと対応する第一の絶縁物層上にわたつている。」と説明し、第七段において、「このような構造となつているのでコンタクト孔形成のための写真蝕刻の際にそのコンタクト孔に対するマスク孔がシリコンゲート電極に対応する部分上にわたつていても、エツチングにより第二の絶縁物層に孔があき、ソース、ドレイン拡散層の表面が露出した時、第一の絶縁物層の存在によりシリコンゲート電極にコンタクト孔が接触することがない。よつてソース、ドレイン取出し点をシリコン電極に十分近ずけることができ、さらに面積の小さいトランジスタを得る事ができる。」と本願発明によりトランジスタの寸法を小さくできる理由と効果を述べている。
右の記載によれば、本願発明の右目的、効果を達成するについては、ゲート電極を第一の絶縁物層でおおうこと、この第一の絶縁物層が形成された後、第一の絶縁物層とソース、ドレイン拡散領域を第二の絶縁物層でおおうこと、その後に第二の絶縁物層に写真蝕刻によりコンタクト孔を形成することの工程が順次行われることを前提として説明されていることが明らかである。このことは、詳細な説明の項の第八段以下に図面を参照して本願発明を説明している部分においても同様である。
このように、Y部分を有しないようにするとの効果は右の工程を右の順序で行うことを前提としてはじめて実現されると説明されているのであり、右の工程を右の順序で行うことは、前記構成(4)の第二の絶縁物層が第一の絶縁物層と異なつた工程で形成されたものであること及び第二の絶縁物層がソース、ドレイン領域の一部をおおうものであることの二要件が備わることと同義ではなく、右の二要件が備わつたからといつて前示工程を前示の順序で行うことが一義的に決定されるものでないことが明らかであるから、構成(4)の記載に基づいて構成(2)を原告主張のように解することは到底できないといわなければならない。
(3) 次に、前記本願明細書中の第三図(別紙第一図面第一図はその一部)、第四図には、原告主張のとおり、本願発明の実施例として、第一の絶縁物層12 12´がゲート電極10の上表面及び側面をおおい、それ以外をおおつていないことが示されている。しかし、これは本願発明の一実施例にすぎないから、これを根拠として本願発明の構成(2)を原告主張のように解釈することはできない。
(4) 以上のとおり、本願発明の特許請求の範囲の記載及び本願明細書の発明の詳細な説明の項及び図面の記載を検討しても、本願発明がその第一の絶縁物層にY部分がないことを必須の構成要件としていると解することはできないといわなければならない。
(二) 一方、成立に争いのない甲第六号証の一ないし六によると、引用例に審決がその理由の要点2に認定する半導体装置が示されており、この半導体装置を本願発明と比較すると審決がその理由の要点3に示す一致点と相違点があることが認められる。
同号証によれば、原告の主張するとおり、引用例の半導体装置におけるゲート電極をおおう絶縁物層はゲート電極の上表面と側面のみならずソース、ドレイン領域の一部をおおつていることが認められる(別紙第二図面第一、第二図参照)が、前叙のとおり、本願発明の構成(2)は「前記ゲート電極の上表面および側面を第一の絶縁物層がおおい、」を要件とするものであり、第一の絶縁物層がソース、ドレイン領域の一部をおおう部分を有していないことを要件とするものではないから、右の点は本願発明と引用例のものとの相違点とすることはできない。
また、原告は、「引用例には、厚い絶縁物層の上からゲート電極表面及びソース、ドレイン領域のコンタクト孔を除く部分にわたつて一様に連続した絶縁物層が示されているのみで、第一の絶縁物層と第二の絶縁物層とに区分された二つの絶縁物層として示されているものではない。」と主張するが、物の構造として見た場合、ゲート電極側の絶縁物層と厚い絶縁物側の絶縁物層を空間的に区分して、前者を第一の絶縁物層、後者を第二の絶縁物層と呼び、これを同じ位置関係にある本願発明の第一及び第二の絶縁物層と対比することに不都合な点はなく、本願発明と引用例のものの絶縁物層の相違点は、結局、審決が認定するとおり、前者においては第二の絶縁物層が第一の絶縁物層とは異なる工程で形成されるのに対し、後者においては両絶縁物層が同一の工程で形成される点に帰着するものと認められる。
したがつて、本願発明と引用例のものの一致点と相違点についての審決の認定は正当であり、原告の取消事由(1)の主張は採用することができない。
2 取消事由(2)について
原告の取消事由(2)の主張は、本願発明の特許請求の範囲の解釈として、第一の絶縁物層がY部分を有していないことを規定していると解すべきことを前提とする主張であるが、この解釈が採用できないことは前叙のとおりである。したがつて、その前提において誤つている取消事由(2)の主張もまた採用できないことは明らかである。
3 以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき違法の点は見当らない。
三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註その一〕 本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
(1) 半導体基板の主面に形成された厚い絶縁物によつて囲まれた半導体領域に設けられ多結晶シリコン薄膜をゲート電極とするシリコンゲートMIS型半導体装置において(以下「構成(1)」という。)、
(2) 前記ゲート電極の上表面および側面を第一の絶縁物層がおおい(以下「構成(2)」という。)、
(3) ソース、ドレイン領域は前記厚い絶縁物の端部まで達し(以下「構成(3)」という。)、
(4) 前記第一の絶縁物層とは異なる工程で形成された第二の絶縁物層がソース、ドレイン領域の一部をおおいかつソース、ドレイン取り出し電極が前記厚い絶縁物の端部に接しないように両者間に介在していることを特徴とするシリコンゲートMIS型半導体装置(以下「構成(4)」という。)。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
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